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~さわやかに香る風~

~さわやかに香る風~

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 放課後。
 巧たちは、すぐに下校できないでいた。
 教室の黒板には、いくつかの項目が箇条書きで書かれている。
 
 ・たこやき
 ・焼きそば
 ・わたあめ
 ・ソフトクリーム
 ・焼きおにぎり
 
 どれにしよっかな…。
 巧が考えていると、前に立っている学級委員の女の子が、ざわついている場を静めるように声をあげた。
「みんな決まった?ささっと決めて早く帰ろっ!文化祭の当日までそんなに時間ないし、今日決めてしまおうよ」
 そう、今月の半ばには文化祭が行われるのだ。
 受験前で忙しいこの時期に、文化祭。
 中には文化祭なんてやってる暇があったら勉強がしたい、という人もいるのだろうけれど、これは息抜きをしなさいっていう学校側からの配慮なのだろう。
 実際文化祭があるからといって、そのために多くの手間をかけなければならないわけではない。ここの学校では、一年生は展示物・出し物の製作、二年生は劇、三年生は出店、というように決まっている。出店は売り出すものを決めて、前日に材料をそろえて、当日作って売るだけ。なので文化祭に向けての準備というものはあまりなく、自分たちに負担はかからないのだ。
 それにしても代わり映えのしないやつばっかだな…。
 確かにどれも定番だが、珍しいものをやろうとして失敗するよりもマシだ。文化祭という名目上、どっかの寺に軒を連ねる屋台とは違うのだから、必死にならずともある程度は売れる。当日までに、学内用のチケットをみんなで協力してどれだけ売りさばけるがが売り上げを左右する。
 別にどれでもいいんだけどなー。
 そんなことよりも、どうやって希色ちゃんたちが家に来ないようにすればいいのか…。
 そんなことを考えながら、何気なく教室の外の廊下に目を向けると、そこには親友の浅葱亮介が廊下の壁にもたれて立っていた。
 短くカットされた髪型で、額のすぐ上につむじがあるのでいつも前髪が立っているのが面白い。陸上部を引退したての彼は、どこにでもいる青春真っ只中といった感じの少年だ。
 亮介と目が合うと、彼は「よっ!」といった感じで手を軽く挙げた。巧はそれを見ると、黒板の方を顎で指して、待たせていることを目で謝る。亮介も顔をしかめながらウンウン、と頷く。
 亮介とは帰りの待ち合わせは特にしていないが、部活がなくなってからは、帰るタイミングがあったときはよく一緒に下校している。
 今日わざわざ待ってるってことは…希色ちゃんに誘われたんかな?
 そう思って今度は前の方の席に座っている希色の方をみると、彼女は隣の席の女の子と、とてもうれしそうなニコニコした表情で喋っていた。そういえば希色はこの手の行事ごとがとても好きなのだった。いや、希色に限らず女の子は皆そういうものなのだろう。
 黒板に視線を戻し、焼きおにぎりにでもしておこうかと考えていると、友達と話していた希色が手を挙げて言った。
「ねぇ、韓国風チヂミっていうのはどうかな?すごくおいしいし作り方も簡単なんだよ」
 するとざわついていた教室内がしんとなった。
「チヂミって…お好み焼きみたいなのだっけ?」
 黒板の前の学級委員の女の子が聞き返す。
「そうそう、ちょっとピリッとしてておいしいんだよ」
 希色は笑顔を満開にさせて言った。
 しかし学級委員の子は半信半疑な顔。
「でも、どういう風に作ればいいの?なんか味とかイメージがわかないし…」
「あ、それだったら大丈夫!作り方もわかるし、もしなんだったら私が作ってきて持ってきてもいいよ?」
 希色がそう言うと、それまで教室の端の方で黙って聞いていた担任の先生が、ぽろっとつぶやいた。
「私はその韓国風チヂミ、食べてみたいですね~」
 中年男性でひょろっとした体格の先生は、眼鏡の位置を直しながらニヤニヤしている。
 それ聞いた学級委員の子は、しめた!というような顔をしてみんなに向きなおった。
「…って先生もいってるんですけど、チヂミで出店したいっていう人は、手を挙げてください!」
 その子が言うと、ほとんど全員が手を挙げた。巧もそれに便乗する。
「じゃあ、チヂミってことで決めちゃいますっ!立花さん、今度作り方とか教えてね」
 学級委員の子が黒板に「チヂミ」と書いて、赤いチョークでその文字を囲む。
 でもみんな単純だよなー。希色ちゃんには悪いけど、たぶんみんなどれでもよかったんだろうな…。
 そう思ってもう一度希色の方を見ると、本人は隣の席の友達と「やったね!」などと言ってはしゃいでいた。
 あぁ…それにしてもなんて言って断ろう…。
「そういうことなんで、今日はこの辺で文化祭については終わりにします」
 と、学級委員の子が言い終わらないうちに、みんなぞろぞろと身支度を整えて席から立ち上がりだした。
 そこを先生が「あ、ちょっとちょっと」と止める。
「文化祭もいいですけど、来週には小テスト、来月の始めには期末テストがありますからね。入試も近づいてきてますから、気を緩めすぎないようにお願いしますね、じゃあ今日はこれで終わります。さようなら」
 先生がそういうと同時にほとんどの生徒が教室の外へ詰めかけ、教室内はあっという間に静かになり、密度が薄くなった。
 巧はまだ机の上のものをしまってなかったので、まだ自分の席で荷物整理をしていた。 
 そこに亮介が廊下からやってきた。
「三組は韓国風チヂミかー。立花さんも頑張るなぁ。二年の時も文化祭で劇、頑張ってたし」
「劇か、希色ちゃんって何の役だったっけ?」 
 巧は亮介の声を聞いて、鞄に荷物を入れながら口を動かす。
「あれ、覚えてないんかよ~かわいそうに。なんか成仏できなくて霊の役だったじゃん」
「そうだっけ?」
 と言いながら思い出した。希色ちゃんが成仏できない少女の霊の役で、その子を成仏させるために、同じ年頃の学生たちが一緒に遊んであげる、っていう話だったっけ。
 巧が去年のことを思い出していると、希色がこちらに駆け寄ってきた。
「…ごめんごめん、しおりんも誘ったんだけど、塾があるからだめだって」 しおりんというのは希色ちゃんの友達の蘇比詩織(そひ しおり)ちゃんのことだ。
「そっか残念、せっかく蘇比さんと一緒に勉強できるかなって思ったのに」
 亮介がボソッとつぶやく。
 それを聞いた希色が目を大きくして驚いた。
「え!?浅葱くんって、しおりん狙ってるの!?」
 その言葉を聞いた亮太も驚いた。
「え?い、いや、そんなんじゃないって。女の子がいっぱいいた方が楽しいかなって思って」
「あ…そっか、ごめんね、早とちりして。でも…もしほんとにそういうんだったら、ちょっと面白かったのになぁ」
 希色はそういって舌をぺロッとだした。
「ははは…全然違うからそんなに期待しなくていいって」
 亮介が照れ笑いしていたが、希色はその横で黙り込んでいる巧の方が気になった。
「…どうしたの?巧くん」
 希色の声にハッとなる巧。
「え?…あぁごめん、ちょっと考えごと。あ、あのさ…」
 と言葉を続けようとしたが、希色にさえぎられた。
「もう、ほんとに今日はどうしちゃったの?」
「だから、別にどうも…」
 と反論をしようとしたが、これもさえぎられた。
「え、今日はって、タクがどうかしたん?」
 にやけ顔も元に戻り、空気の変わり様に気づいた亮介は巧に視線を移しながら希色に聞いた。
「うん…それがね、さっきちゃんと説明してなかったね。巧くん、今日朝からずっと変なんだよ。遅刻してくるし、ぼーっとしてるし。だから今日一緒に勉強しようって言ってるんだけどね」
 それを聞くと亮介は腕を組んでため息をついた。
「…そういうことか。なんだよ、そーいうことなら早く言えよ!」
 そして巧の方をボン!と突いた。
「痛っ!なんだよ、だから別に何でもないって!!」
 そう言っても、疑った目つきで巧を睨む亮介。
 しばらく睨んだ後、軽く伸びをして亮介は一人で頷いた。
「よし!まぁ何でもあるにしろないにしろ、今日はタクの家で勉強会な!」
「え?」
 巧が口をぽかんと開けていると、亮介はもう一度、今度は巧の腹をボン!と突いた。
「ぐはっ…亮介、痛いって」
 そんな巧のセリフなど亮介は聞いていない。
「ま、どっちにしても今日は勉強するつもりだったし、今日は家でひとりなんやろ?みんなでやった方が楽しいし」
 腹を押さえながら、それで集中してた試しがないくせに、と巧は思った。
「うんうん、私が巧くん家でチヂミ作ってあげるからさ、ね?」
 しばらくいきさつを見ていた希色もニコニコして、俄然乗り気だ。
「いや…だからさ…」
 そう言いながらもその声は小さくなり、この場では反論する気がなくなってしまった。
 あぁ、こんなに友達思いの友を持って、俺は幸せだよ…。
 はぁ~…。
 何度もついた深いため息をもう一度つきながら、家までの帰り道でどうやって断ろうか、本気で悩む巧であった。
      
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 帰る時には雨はあがっており、道中もう一度降り出すことはなかった。これで長引く雨も休みにしてほしいものだが。
 それにしても…結局言い出せなかった。
 あれこれ考えながら、亮介の話の相手をしていたら、いつの間にか家の前まで来てしまった。
 希色ちゃんはチヂミの材料を買ってから後で家に来ると言って、途中で別れた。
 やばい。まずい。
「なんだよ、こんなとこで立ち止まって。はやく家ん中に入ろうや」
 すでに玄関のドアの前まで行っていた亮介が後ろを振り向き、急かす。
 う~ん、何て言えばいいんだ?
「あ、あのさ…」
 巧が言おうか言うまいかモジモジしていると、亮介が巧の元へ来た。
「何?どうしたん?」
「いや、それがさ…」
 巧のその様子に、亮介は巧の肩に手をポン、と置いた。
「…タク、やっぱ立花さんの言うとおり今日は何か変だって。なんかあるんだったら、俺に言ってみ?」
「ご、ごめん…」
 これ以上変な誤解をさせておくわけにもいかない。もうこれは事実を言うしか…。
「実は…さ、亮介。今、家に入るとやばいんだ」
「は?」
 亮介の眉がつりあがる。
「だから、今家には、もう一人の俺がいて…とにかくやばいんだって!今入ったら!!」
「なんだ、それ?どういう意味?わかるように説明してよ」
 亮介はそう言って、巧の肩に置いていた手で、今度はボン、と肩を叩いた。
「痛っ!もーその癖やめろって!…言ったとおりだよ。家の中にもう一人の俺がいるんだ」
 巧が真顔でそういうと、亮介はゲラゲラと笑い出した。
「っはははは…。なに言ってんだよ?タクちゃ~ん、大丈夫ですか~?頭おかしくなっちゃった?」
「ほんとなんだって!!今朝届いたテレショップの商品から、自分がニュッって出てきたんだよ!」
 必死に説明するが、亮介はますます腹を抱えて笑う。
「ハハ…ハァ、ハァ。マジ笑えるよ。…あのさぁ、タク。もうちょっとわかりやすい嘘つけって。別にさ、エロ本とかあったって俺は気にせんし?立花さんが来る前になんとかすれば大丈夫だって」 
 ……。
 何を言ってるんだか。はぁ、やっぱ信じてくれるわけないよなぁ…。
 巧がうつむいていると、亮介は再び扉のところまで行き、おいでおいでと手招きをした。
「お~い、いいから早く入ろうや。また雨が降ってくるかもだしさ」
 誰の家だよ、誰の!!まったく。
 あ~あ、結局こうなるのか。…亮介には悪いけど、ありのままを見てもらうしかないな。そんでもって、お互い自己紹介でもしてもらうか。
 そう思うと急に笑えてきた。
 巧が一人でニヤニヤしているのを見て、さすがに亮介も少し心配になってきた。
「タク、マジで大丈夫?俺、ちょっと心配になってきたんだけど」
「え?あぁ、大丈夫だって。はは、なに心配してんだよ。入ろ入ろ」
 と、巧も玄関に向かう。
「さっき入るなって言ってたじゃんけ…変なやつ」
「あ、さっきのこと?気にせんでいいよ。亮介の言うように大したことじゃないし」
 亮介がじろっと睨んでいるのも気にせず、巧は玄関の扉の鍵を開けた。

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「ただいまー」
 と、言ってみたものの、返事はない。誰かがいる気配もない。
「お邪魔しまーす」
 亮介が靴を脱いで入ってくるのも待たずに、巧はリビングに急ぎ、ミクタたちがいないかを確かめた。
 しかし、リビングには誰もいない。
「俺の部屋にいるのかな…?」
 そう思って二階に上がろうとしたが、亮介がついて来ようとしたので、
「あ、勉強一階でするし、教科書とか取ってくるから座って待っといて」
 と言ってとめておいた。
「お?やっぱ二階にエロ本でもあんの?早く隠しとけよ~」
 などと、階段を上っている間に亮介が言っていたが、無視してそのまま上った。
 にしても、亮介がエロ本見たいとかいってついてこなくてよかった。ていうか、んなもん最初からないけど。幸いリビングにミック達はいなかったし、このまま二階にいてもらえばなんとかやりすごせるかもしれない。
 そして、自分の部屋をのぞいてみる。しかし、
「あれ?」
 巧の部屋にもミクタ達の姿はない。
「う~ん、母さんの部屋かな?」
 と思って母の部屋ものぞいてみたが、そこにも二人(一人と一匹)の姿はない。
 ……。
 どういうことなんだ?
 自分の部屋に戻り、立ち止まって考えてみる。俺が出かけている間に、家を抜け出していったってこと…?
 やばい。そんなのやばすぎる!俺の知らないところで俺が行動してるってことじゃないか。考えただけで鳥肌がたつ。
 一人で考えていると、痺れを切らしたのか、亮介が二階へ上がってきた。
「もうエロ本隠した?思ったんやけどさ、せっかくやしエロ本見してくれん?」
 と巧の返事を求めたが、巧はボーっと腕を組んで突っ立った状態で、亮介が上がってきたのに気づいてないようだった。亮太はここぞとチョップをくらわそうとする。
 しかし、巧はそれを腕を組んだそのままの体勢でヒョイ、と前に出てかわす。
「ありゃ」
 攻撃をかわされた亮介は悔しそうな顔をしながら、そろそろと巧の前に移動し、両手を揃えて出して「ちょうだい」のポーズをする。
 巧は最初から亮介が来ていたのに気づいていたのか、チラッと亮太の方に目だけを向けた。
「なに?」
 と巧が聞くと、亮介は頭をかきながら、
「だからー、エロ本」
 と両手をスリスリしてねだった。
「は?そんなん家にはないよ。亮介が勝手に勘違いしてただけだって」
「またまた~、そんな隠さんでいいって。別に恥ずかしくないから」
 なおも亮介が粘るが、巧はその手をペシっと叩いてやった。
「だから、ないもんはないし。ほらほら、一階行っといて、一階!」
 そのまま巧は亮介の背中を押し、階段を下りさせた。
「なんだよも~、今度来たときタクの部屋荒らしてやる!」
 と階段を下りていく亮介の声を聞きながら、巧も机の上にあった教科書を何冊か取り、亮介の後に続いて一階へ下りた。
 どうしたもんかな…。
 ミクタ達がどこにいるかわからない以上、対処のしようがない。それに突然帰ってこられたら、それこそおしまいだ。
「タク、なんか飲み物ない?」
 さっきのエロ本の欲はどこへやら、亮太はおとなしくリビングのテーブルの席に座り、鞄から教科書を出し始めていた。
「あ、お茶だったらあったと思う」
 巧は冷蔵庫から作り置きしていたお茶を取り出し、キッチンの食器洗い機にあったコップを二つ並べ、お茶を注いだ。
「サンキュ」
 亮介はお茶を受け取るとすぐにグビグビと飲み干し、今度は自分でコップにお茶を注いだ。
 巧も同じようにお茶を一気に飲む。
 すると、飲んだと同時に尿意をもよおしてきた。
「ちょっとトイレ」
「あぁ、うん」
 亮介は二杯目も飲み干そうとしていた。そんなに水分が欲しくなる季節でもないのに。新陳代謝がいいのだろうか。
 
 ジャー。
 用を足して水を流す。
「ふぅ」
 なんだかこの瞬間が落ち着く。問題が起きた家の中だというのに、この空間は別のものに思えて、少し安心できた。
 手を洗い、トイレの中に備えてある小さい鏡を見る。
「もう一人の俺、か…」
 いっそこのまま二人が戻ってこなければいいのに。そんでもってアレはやっぱり夢だった、とかだったら。
 そう思いながら鏡を見つめていると。
「ん?」
 今、鏡の中の自分の顔が、ひとりでに笑ったような気がした。
「ま、まさか…!?」

           * * *

時は少し戻って。
 ここは七色町のとある場所のスーパー、「アイドゥーアイドゥー」。
 希色はチヂミの材料をそろえるために、買い物に来ていた。
「小麦粉は買ったし、唐辛子もオッケーでしょ。あ、飲み物もいるよね」
 チヂミの材料だけそろえるつもりだったが、ついつい色々とかごの中に入れてしまっている。
「フフフフン、フン、フン…♪あとは何だっけ…ニラだっ」
 店内には最近ヒットしている曲「なごみ雪」がかかっている。それにしてもどうしてスーパーのBGMって歌の声がはいってないんだろう、と希色はいつも思う。
 ニラを取りに野菜売り場の方へ行くと、腰まで届きそうなつややかなストレートの赤毛が魅力的な、どこの国の人であろうか、とても美しい女性がじゃがいもとにらめっこしていた。
 わぁ…きれい…。
 後ろ姿だけなのに、思わず見とれてしまう。背も高くスタイルも抜群で、非の打ち所がない。
 私もあんな風になれたらなぁ。
 そう思いつつも、野菜を取りに来たことを思い出し、ニラの所まで足を運ぶ。
 希色がニラを手に取ろうとしたそのとき。
「ハーイ、ガール?」
 と声がし、希色の前にニュッと顔が出てきて、目を覗き込まれた。
「え?え?」
 すぐに目の前から顔がヒョイと消え、横を振り向くと、そこには先ほどの美女が希色に微笑みかけていた。
 そして、パチパチっと目をしばたき、話しかけてきた。
「アナタ、百合が原中学校の生徒さんネ?」
 その美しさに希色も目をパチパチとさせてしまう。
 青い瞳に長いまつ毛、そしてプルンとしたピンクの唇。完璧だった。
 この付近では外国人すら見かけないが、よくここに来るのだろうか。希色もいつもスーパーに来るわけではなかったので、初めて見た顔だった。
「イ、イエス…?」
 じっと彼女を見つめてしまい、慌てて答える希色。
 あ~、どうしよう、外人さんに話しかけられるなんて…いざ話しかけられると英語わかんなくなっちゃうよ~。えっと…。
「ソ、ソーリー、アイキャントスピークイングリッシュ…」
 うわぁ、私バカ丸出しだよ…。通じてるのかなぁ?もう英語これしか思い浮かばないよ。
「アァ、大丈夫よ。ワタシ、ジャパニーズできるから」
 希色が一人であたふたしていると、美女はそう言ってウインクした。
「え?」
 希色の視線が美女の目で固まる。
 それを見ると、美女はウフッと笑い、
「百合が原中学校の生徒さんでショウ?ワタシ、マジョンナと言います。よろしくネ!」
 と、希色の手を握ってきた。
「え?あ、は、はい…。よ、よろしくお願いします」
 と、返してみたものの、やはり彼女には見覚えがない。
 希色がマジョンナと名乗った彼女を見つめたまま、頭に?(ハテナ)マークを浮かべていると、彼女は「アァ、ごめんネ」と手を離した。
「ワタシ、明日から百合が原中学校のセンセイをすることになったのヨ」
「えっ、そうなんですか!?」
 この人が…先生?やっぱり英語の先生なのかな?
 そう思っていると、それに答えるようにマジョンナは言った。
「もちろん、イングリッシュを教えるのよ!中学校の制服着てたカラ、モシカシテと思って。アナタ何年生ですか?」
「あ、三年生です」
「三年生?レアリー!?ワタシ三年生担当するのよ。そのうち授業で会えるかもネッ!」
 そう言って、マジョンナは希色に抱きついた。
 これには希色もビックリしたが、抱き付かれた瞬間にふんわりと香ったラズベリーの香りに、その気持ちはドキドキに変わった。
 マジョンナは抱きついた格好から離れると、そのまま希色の両手を握って聞いてきた。
「アナタのネームはなんて言うの?」
「希色…立花希色です」
「Oh!キイロ?イエローね?ベリーベリーキュート!!」
「え、あはは、サ、サンキュー!」
 この先生、面白いなぁ。綺麗だし…すごいステキ。
 慌てて手を握り返し、突いて出た英語で返しながら思う。
 するとマジョンナは、今度は希色の持っているかごを見て、
「ホワッツイズディス?」
 と英語で言ってきた。
「あ、これですか?えっと…チヂミは英語で何ていうんだろ?あの、チヂミってわかります?チ・ヂ・ミ」
 かごを持ち上げて必死に説明する希色。
 しかしマジョンナはよくわかっていない様子。
「フーン?何デスカ?」
「韓国風…コリアのお好み焼きです。ピリッとしてておいしいんですよ!」
 マジョンナはなおも眉をひそめる。
「コリア?お好み焼き??ソーリー、アイドントノー」
「そうですか…。今度、文化際で作るんですよ。マジョンナ先生も食べてくださいね!」
 文化祭という言葉にピンときたのか、マジョンナは手を叩いて声をあげた。
「Oh!フェスティバル!?それは楽しみですネ!とても食べてみたいデス!」
 と、そこまで言うと、マジョンナは急に思い出したように時計を見ると、「ソーリー!」と謝りだした。
「キイロ、ゴメンね!ちょっと予定を思い出しタ!また学校で会いましょ!シーユー!ありがとネ!!」
 早口でそこまでまくし立てると、「バーイ」と手を振った後、赤毛をなびかせてマジョンナは走り去っていった。
「バーイ…」
 希色は手を振りながら、マジョンナが去っていった後の出口をしばらく見つめていた。
 綺麗な先生だったなぁ。明日からあの先生が来るんだ!なんかすごい楽しみ。でも、どうしてこの時期なのかなぁ…しかも三年生担当だし…。
 と、そこまで考えていると、自分も巧達を待たせていることを思い出した。
「そうだった、早く巧くん家に行って、チヂミ作って元気付けてあげなきゃ!!」
 それに、マジョンナ先生のことを話してあげれば、巧くんも喜ぶかもしれない。そう思うと少し嬉しくなって、ニラを手にすると、希色は急いでレジに向かった。


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